検地は中世から
近世にかけて行われた田畑の面積と収量の調査のことである。
現在の課税台帳整備に当たるもの。
律令制下、全ての農地の所有権は国家が持っていることになっていた。
しかし、平安時代になると公地公民は崩れ、荘園と呼ばれる私有地の存在が認められるようになる。
そのため、各地は国府が管理する国衙領と私有地である荘園にほぼ二分される。
国衙領については国府が大田文と呼ばれる台帳を作成し、農地の面積や収量を把握し、徴税の基礎資料としていた。
しかし、荘園に関しては、課税のための調査も課税もできない。
この状態は鎌倉・室町時代になっても変わらなかった。
室町・戦国の混乱時代、農業生産高は爆発的に増加したが、各地にモザイクのように存在する割拠勢力はそれぞれ消長を繰り返し、また支配下にも多くの自立領主がいるため、自領の実質総農業生産高を把握するのも困難であった。
現在の課税台帳整備に当たるもの。
律令制下、全ての農地の所有権は国家が持っていることになっていた。
しかし、平安時代になると公地公民は崩れ、荘園と呼ばれる私有地の存在が認められるようになる。
そのため、各地は国府が管理する国衙領と私有地である荘園にほぼ二分される。
国衙領については国府が大田文と呼ばれる台帳を作成し、農地の面積や収量を把握し、徴税の基礎資料としていた。
しかし、荘園に関しては、課税のための調査も課税もできない。
この状態は鎌倉・室町時代になっても変わらなかった。
室町・戦国の混乱時代、農業生産高は爆発的に増加したが、各地にモザイクのように存在する割拠勢力はそれぞれ消長を繰り返し、また支配下にも多くの自立領主がいるため、自領の実質総農業生産高を把握するのも困難であった。
update:2010年07月19日
